平和1丁目 〜牧師室より〜


10月15日

格差社会に泣く人々

平良 

 ぶどう園のたとえ話では、朝6時から働いた男と、午後の涼しくなった5時から1時間だけ働いた男とが、同じ賃金だったという。その日の仕事が終わり、賃金を払うときとなり、夕方の1時間しか働かなった男から賃金が支払われ、いよいよ朝の6時から働いた男の番となった。彼は、当然、この夕方5時からの男よりも数倍の賃金をもらえるものと期待した。

 ところが、彼も同じく1デナリオンだった。朝の6時から働くことのできた人は、屈強な体に恵まれた人だったのではないか。そして、夕方5時からの男は、体力にも恵まれず、見るからに弱そうな人だったのだろう。彼は、それまで誰も自分を雇ってくれなかったという。11時間もの間、彼は、落胆と不安な時を過ごさねばならなかった。

 今の日本社会は、経済的には上向いているらしい。多くの人々に実感がないのは、給与はさして上がっていないからだ。大企業、一部の企業、株の運用がうまくいっている人々などは、儲かっているが、それ以外は大したことはないという。

 富や能力に恵まれている人々は、それなりに裕福となるが、それ以外の人々は富のおこぼれに少しでも与れることができたらと卑屈な面持ちだ。このお話は、格差社会に泣いている者たちにも、同じ賃金が支払われたという話として考えることができる。神様は、どのような者にも、同一賃金を支払いたいと願われている。体も能力もすべては神様の恵みとして与えられた。だから報酬も同じ。


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